詩的自我1

Friedlich Hoelderlin(1770-1843)

 「フィヒテは今やイエナの魂だ」(StA.,6.2. 139)(1)というヘルダーリンの言葉は夙に有名である、シラーが身近にいながら、「これほど深く精神のエネルギーをもった人を僕はほかに知らない」(a.a.O.)とまで断じるへルダーリンに、フィヒテがいかに影響を与えたかは、こうした証言からもあきらかであろう。

 だがフィヒテのヘルダーリンヘの影響については、これまでの研究では、フィヒテの知識学を、プラトンに由来する統合哲学、あるいはスピノザ的な絶対的存在でのりこえたヘルダりンの思索が、いかにへ一ゲル哲学の成立に寄字したかが語られるばかりで、エピソード以上の扱いを受けない(2)。ヘルダーリンはいつもへ一ゲル派に引き人れられていたのである。  ただ、例外的にヘンリッヒがフィヒテの重要性を指摘はするが、しかしそれとても「詩的一元論が知識学を乗り越えた歩み」(ヘンリッヒ)が、ヘルダーリンを中心とするホンブルク・サークルによってなされ、それへの批判、すなわち実体を主体としてとらえなおすことがへーゲルの課題であったとする文脈の上でのことである。

 だが、見逃せないのは、このホンブルク・サークルを形成するヘルダーリン、ジンクレーア、ツヴィリングらが、いずれもイエナ大学でフィヒテの講義を聴き、ヘンリッヒが示したように、彼らの共通の地盤はフィヒテ哲学であるということだ。その批判的受容のうちに、彼らの思想があったとすれば、後世のひそみに倣えば、いわば「青年フィヒテ派」ともいうべき存在でもあった。彼らはフリードリヒ・シュレーゲルやノヴァーリスのドイツ・ロマン主義の正統と並んで、詩(ポエジー)によってフランス革命とカント・フィヒテ(ヤコービ、ラインホルト)らの哲学を統合しようとしたのである。

 ここで示したいのは、「詩的一元論」、「詩による革命と哲学の統合」という彼らの発想すらもが、実はフィヒテと縁遠いものではなく、イエナ期のフィヒテ哲学、その構想力論と共同性の思想からの当然の帰結であるということである。通説では、創造的なフィヒテの絶対自我の思想がロマン主義のイロニー、普遍的ポエジー論につながったとするのだが、この「青年フィヒテ派」はそのようなコンテクストではつかみきれない。フィヒテの思想の根本であるその構想力論とフィヒテ哲学の本来の性格である社会哲学的側面に立って、もうひとつの可能性を示したのが、ヘルダーリンを筆頭とする彼らの思想なのである。

 その際、論を導くものとして『精神』という概念をとりあげたい。それは(1)理念の表現の能力、と、(2)理念を伝達する共同性、という二つの派生的意味をもつとする。それらを統合する『精神の詩学』という文脈でヘルダーリンをとらえてみたい。そのことによって、『判断と存在』でみられるような知的直観による絶対者の把握、それは後にへ一ゲルによって批判される(『精神現象学』)のだが、ヘルダーリンはホンブルク期に、フィヒテの思想に頼って、その批判にすでに答えており、ヘーゲルの記念碑的な『精神現象学』と並びうる、彼独自の『精神の詩学』を確立していたのではないか、ということが示唆されるだろう。


(1)出典はF. Hoelderlin, Saemtliche Werke, Gross Stuttgarter Ausgabe, hrsg. F. Beissner u. A. Beck(略称StA.)による。なお、Saemtliche Werke, Frankfurter Ausgabe, hrsg. D. E. Sattler Bd.10, Bd. 11, Bd. 14も参照した。
(2)D. Henrich, Hegel und Hoelderlin, in: Hegel im Kontext, 3 Aufl, Frankfurt a. M. 1981(中埜肇監訳『ヘーゲル哲学のコンテクスト』哲書房 1987)
Homburg vor der Hoehe in der deutschen Geistesgeschite: Studien zum Freundekreis um Hegel u. Hoelderlin, hrsg. Chr.Jamme u. O. Poeggeler. 2. Aufl. Stuttgart, 1986(クリストフ・ヤメ/オットー・ペゲラー編、久保陽一訳『ヘーゲル、ヘルダーリンとその仲間、ドイツ精神史におけるホンブルク』公論社、1985年)
Chr. Jamme, " Ein ungelehrtes Buch" : Die philosophische Gemeinschaft zwischen Hoelderlin und Hegel in Frankfurt 1797-1800, Hegel-Studien Beiheft 23, Bonn, 1983
P. Kondylis, Die Entstehung der Dialektik: Eine Analyse der geistigen Entwicklung von Hoelderlin ,Schelling und Hegel bis 1802, Stuttgart, 1979  

注記 この論攷は『フィヒテ研究』創刊号(晃洋書房 1993年)に掲載の拙論に加筆したものである。

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