1985年10月「草の根通信」(松下竜一編集)に発表
1997年8月『共感する心、表現する身体』(清水 満著) に再掲

 生活の中で、美しきものが生き、同時に周りの人間への配慮が行き届いているという共同体は、身の周りにも気づけばあるだろう。それは誰にでもわかる確乎とした形ではなく、一時的にうつろいゆくものとしてあり、気がつかなければそのまま通 り過ぎるようなものかもしれない。

  カノコユリの咲く村

 私にとって忘れられない出会いのひとつがカノコユリの咲く村である。

 それは大学時代のことだった。私はふとしたことで、鹿児島県の川内原子力発電所建設に反対して、手づくりで風力発電をつくっている人たちに出会う。リーダーの名前は橋爪健郎といい当時も今も鹿児島大学の助手である。他には現地の青年たちもおり、彼らに誘われるがままに、原発建設現地へ足を運ぶようになった。

 1977年当時、市街地から12キロほど離れた過疎の農漁村地帯で、集落ぐるみで原発に反対していた地区が二つあった。大半の地区は補償金攻勢やいわゆる地域ボスの懐柔などにより、賛成に廻り、反対派は少数になっていた。その内私自身も手にビラをもち、反対派の農家の人たちと話したり、集会の案内をしたり、いっしょにデモをしたり、茶飲み話をするようになった。

 地域ぐるみで反対を貫いていた二つの集落は、上野と池之段という名前で、どちらも川内原発を見おろす山の中腹にあり、川内川周辺の肥沃な平野部の集落と違い、貧しいシラスの段々畑を中心に耕す農民集落だった。戸数は上野が31戸、池之段が50戸少し。ふたつの集落とも、他地域から離れ、それ自体独立した小さな村という風情をもっていた。

上野地区

 彼らを訪ね、お茶や茶請けの漬け物をいただき、いろいろと話す中で、この二つの集落が最後まで一致団結して反対を貫いているのはどうしてだろうと考えた。足繁く通 う内に、この二つの集落が、対岸の離島、甑島からの開拓移住者の村だということを聞かされて、ひょっとしてそこに原因があるのではないかという気がした。日頃の働きぶりや暮らしぶりは、広い田畑、肥えた土地をもつ平野部の農民たちとは明らかに違っていた。  

 Mさんの例を出そう。上野と池之段の間の谷間の山道を車で数キロ行ったところに一軒家の自宅があり、そこからさらに数キロ、水無し川の大きな石ころだらけの道というか川を遡ると、山あいの扇状地がある。そこにMさんの畑と蚕小屋があった。小屋は木を切り出して独力で建て、畑も一人で開墾した。雨が降れば、これが先ほどの水無し川の源流となると思われる山からの小さな水の流れが、畑の真ん中を通 り、そこから水を汲んで畑にまくのだ。電気は来ていないからモーターなど使えない。軽油エンジンのポンプなどもない。バケツはあったが、ミルク缶 に柄をつけた手製のひしゃくで水をまいていた。

 彼の自宅からはおそらく15キロはあろうと思われる市の中心部での集会に時折出てきたMさんだったが、そのときにはいつも自転車だった。石ころだらけの山道を下り、通 称原発道路を走り、起伏が多いので降りては押して往復していた。私たちが車で送るといっても断るのがつねだった。

 当時70は過ぎたご老体だったけれど、額に汗して自転車を押す姿は今でも鮮明に思い浮かぶ。土を相手の勤労の人生を送り、俗塵の垢などみじんも感じさせなかった。だけど、風車発電の下で「風祭」なる集会をしたとき、やたらノリまくって、日頃の真面 目さからは及びもつかぬ春歌のメドレーを踊りつきでした人間味ももちあわせていた。九州電力本社に抗議にいったときの、素朴に怒りながらも誠実さに満ちたその姿は、背広姿の社員の薄笑いとなんと対照的だったことか。野の師父とはこういう人のことをいうのだと思った。

 82年の9月に、仕事中複雑骨折し、入院した。九電社員も来て、金の話もしたという。日頃、山野で働いていた身なので、ベッド生活がかえって悪かった。翌年7月、私が鹿児島を離れてから、電話でMさんの死を知らされた。

 この二つの集落を中心によく訪ね歩いたが、どこの家にいっても老人ばかりで、池之段には一人暮らしの老婆が多かった。耳が遠く目も悪いので、大声でもってきたビラや資料の内容を説明した。いやな顔をした人は一人もいない。みなねぎらってくれたし、「ごくろうさまです」と深々と頭を下げてくれた。翌月行くと、戸に釘打たれ、廃屋となっている。亡くなったか入院したか(だが二度と戻っては来ない)のどちらかだった。

 こういう状態が続くうちに、仲間から声が挙がり、こんな人たちがいたという記録を残そうということになった。だが、現地の人はみな忙しくなかなか実行に移せない。私が大学院へ通 うようになり、一番ヒマがあったので、とにかくまたあの人たちに会ってみようということで、現地へ戻ってみたのである。 (次へ

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