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2013年5月7日

春のカエデ

 新年度になり、仕事が始まると、余裕がなくなる。4月はまだよいが、毎年5月、6月は一年で一番忙しい時期であることが拍車をかける。最も快適で美しい季節である5月を、楽しむ余裕もないままあっというまに走りさるのは非常に残念でならない。そんなわけで間がだいぶ空いてしまった。

 それでも毎年恒例の八所宮の藤の花見だけはした。年にこの時期しかない楽しみで、これを逃すとまた一年待たなくてはならない。せいぜい一時間程度しかいないのであるが、それでも貴重な時間であり、生きててよかったと幸福感を味わう瞬間である。

八所宮の藤

 3月31日は、親友の東郷さんと日田へいった。協会の会員でもある成毛さんの主催する「古川泰龍回顧展」と「日田ウッドパワー発電所」を見にいった。成毛さんとは10年ぶりくらいの再会になる。会場である「日本丸館」も見るといいよと招待券をもらい、ここも見学する。日田の繁栄を支えた昔のベストセラーの薬をつくった薬舗であるが、知らない日本の近代史を学び、興味深いものがあった。草野家とならぶ日田の名家であるので、雛段もたいそうに立派であった。豆田町はあいかわらずいい雰囲気で、春の気配満開でのどかな散策となった。

日田市豆田町

日本丸館

日本丸館(岩尾家)の雛段

 4月4日には「ウィーン・マスターズ・プレイヤー・コンサート」に行った。しかし、ベートーヴェンのトリプル協奏曲の出来がひどく、もう来年からは行かなくてもいいなと思えるほどだった。奏者はウィーンフィルなどの有名な人たちであるが、曲によっては十分な練習をしていないものがある。指揮者がいないので、乱れたときはさんざんだ。2006年のコンサートで「田園」の演奏がすばらしく、その後もずっと通ったが、そんなにいい演奏に出会っていない。もう縁を切る頃合いのようだ。

 宅老所「よりあい」には9日に行き、そこで21日に集会をやることを聞かされ、21日の「老人ホームづくりの集い」にも参加した。「よりあい」が独自に小規模特別養護老人ホームをつくるための決起集会である。彼らは「宅老所」という形式で地域の認知症老人のケア、地域による高齢者ケアをパイオニア的に進めてきたが、やはり家族の負担などは軽減しない。そうした人たちのために、小規模特養建設を計画したのである。そのために、自主財源を4,600万円集めなくてはならず、多くの人の協力が必要だ。

報告をする村瀬さんと下村さん

 「よりあい」にかかわる人たちが150人ほど集まり、会場が一杯になった。私も及ばずながら、基金の積み立て会員になった。ここでリーダーの下村恵美子さん、村瀬孝生さんが、これまでの「よりあい」の活動をスライドで報告したが、私にとってはこれまで話で聞いたこと、本で読んだことがするするとつながり、非常に有益だった。彼らの活動を、協会会報の原稿にしているのだが、しかし、なかなか時間がなくて先が進まない。

福岡城址の濠

 18日には、地元の宗像市のカフェ「暖」で、「政治思想カフェ」の初会合をもった。本来は政治思想の古典のテキストを読んで学ぶ学習会なのだが、参加者がみないろんな活動をやっている強者ばかりで、テキストは全然進まず、各自の政治論の討論会になってしまった。まぁ、談論風発も目的の一つなので、盛り上がりぶりにあえてそのままにしておいたが、中にはちゃんとやりたいという人もいるので、次回は少しやり方を変えてみたいと思っている。

 23日には、九大出版会の編集者の方と会い、本の体裁などを打ち合わせる。ページ数が600を超えるとかで大著になるようだ。九大大学院時代の指導教官がここから三冊著書を出しているが、話を聞くと企画ではなく、実質自費出版だったそうだ。今は学術書は売れないので、企画ではどこも引き受けないのである。だいたい一冊につき180万円くらいかかると思われ、ボーナスや退職金などがある人ならともかく、実質日雇い稼業の私では、とてもそんな金額はポンと出せない。今回の拙著は公募当選で自己負担はないが、今後は学術書を書いたとしても、それを出版するのはとても無理だとわかった。

 25日には九響の第一回の定期演奏会に行き、5月5日は「ラ・フォル・ジュルネ鳥栖」に家族で出かけた。25日は小泉和裕氏の音楽監督就任披露コンサートとあって、九響久々の完売である。チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は、ソリストの神尾真衣子さんはさすがとしても九響の伴奏とあまり合ってない感じで、これはいまいちだった。第三楽章のわくわくする盛り上がりもなかった。メインの幻想交響曲は、一部にアラがあっても全体に熱のこもったすばらしい演奏で、これは大満足だった。

 5日のラ・フォル・ジュルネ鳥栖は、今年はモーツァルト特集で、ジュリエット・ユレルさん、吉野直子さん、九響によるフルートとハープのための協奏曲、ジュリエットさんと九響メンバーの弦楽四重奏、そして仲道郁代さんとオーヴェルニュ室内管弦楽団のピアノ協奏曲21番を聴いた。フルートとハープのための協奏曲の第二楽章はクラリネット協奏曲にならぶ甘美な旋律である。これがすばらしく、この第二楽章を聴けただけでも来た甲斐があったと思えた。

ジュリエットさん、吉野さん

 21番はオーヴェルニュ・オケはよかったが、仲道さんがいくつかミスがあって、本人も不本意だったのか、アンコールも第一楽章の後半だけをやった。ピアノ・コンチェルトにしては、第二楽章は運指がかんたんすぎて、逆に上手な人には間を取るのがむずかしいのかもしれない。仲道さんは好感のもてるピアニストで、前に演奏を聴いてファンになったが、今回は会場の聴衆に申し訳ないという雰囲気が出ていたような気がした。

仲道さんとオーヴェルニュ・オケ

 

2013年3月28日

しだれ桜

 3月もすでに終わる。桜も満開を迎え、春爛漫の季節である。晴れると気持ちがよい。庭の花も、公園の花壇の花も咲き乱れて、ささやかながら地上の天国といった気分を味わえる。

近所の八幡宮の桜

近所の浄土寺の桜

小倉城の桜

 3月は、5日から9日まで、義理の母が訪問して滞在した。84歳になるが、思ったより元気でよかった。家の中に年寄りがいると家族がひきしまり、一体感が出てくる。子どもたちからすれば祖母がいることで、柱がしっかりするのである。日頃は家事の他には、家の周りの畑をいじったり、タケノコ掘りなどをしている身なので、私の家に来ても手持ちぶさたになる。庭の草取りをずっとして、妻は助かると喜んでいた。

義母と妻

 9日には「よりあいの森」に中村隆市さんといっしょに行く。ここは宅老所「よりあい」にかかわるみなさんが、将来的に老人ホームをつくることをめざして、まずは毎週土曜日の一日カフェからスタートした。ぜひ一度来てほしいと村瀬さんにいわれていたので、寄ってみた。中村さんを連れていったのは、ここに彼の会社のコーヒーを扱ってほしいのと、「よりあいの森」が今後展開する生産活動に彼のネットワークが役立ちそうだったからである。

よりあいの森カフェ

 暑いくらいの日であったが、のどかな時間が流れて、とてもリラックスできた。もう一人のリーダーである下村美恵子さんにもお会いでき、四人でコーヒーを飲みながら、外でゆったりと語る。これこそが「よりあい」の醍醐味ともいうべき、あたたかで心地よい時間だった。今後できそうな支援を考えて、関与していきたいと思う。

(右から)中村、下村、村瀬さんと

 翌日の10日は、「さよなら原発!福岡集会」で福島原発事故二周年の集会とデモに参加した。前の日とうってかわって寒い日であったが、グルントヴィ協会関係者が6名も参加して、楽しい会合になった。デモの後、「Terra小屋」により、みなでお茶を飲んで、いろいろと談話する。これも楽しい一日となった。

協会関係者

デモの様子

 11日の夜は、NHK交響楽団のコンサートにいった。N響はあまり好きではないので、これまで一度も行ったことはない。しかし、今年の3月にはほかにコンサートがないことと、チャイコフスキーの4番をやるというので、一度は聴いてみるかと出かけてみた。技術はたしかに九響よりはあると思うが、まぁ一度聴けば十分かなという感じだった。

 それよりは、この一年でチャイコフスキーの交響曲を4番から6番まで聴けたことが収穫だったかもしれない。去年の4月のコバケン(小林研一郎)と九響の6番は名演といえるほどのよさだったし、2月のラザレフと日フィルの5番もよかった。チャイコフスキーは西欧風の曲調でロシアの民族性は薄いとされているが、彼のオペラ「エフゲニー・オネーギン」を二度見たせいもあってか、彼のメロディーを聴くとロシアの白樺や大地を連想するようになった。何ともいえない懐かしさ、叙情性が感じられていい。

 23日には、博士論文でお世話になった北九州市立大学の中道壽一先生の退職記念行事に参加した。最終講義と祝賀会である。中道先生のお人柄もあって盛況で、心暖まる会合となった。

1月の最終講義のとき

 驚いたのは、たぶん中道ゼミに参加したのは私が最高齢かと思っていたら、もっと上の人が二人もいたことだ。一人は福岡県の県議会議長までされた政治家であり、もう一人は北九州の図書館長だった。私もあいさつをしろといわれて、最近関心をもっている高齢者福祉の話なども入れると好評で、政治家の方などがあいさつにお見えになった。彼もこうした問題にはさすがに関心をもっているようだ。

 中道先生とは、マイアーの『シュミットの教説』を共訳するので、今後も関係は続く。今後もいろいろと教わることがあるだろう。そういえば、3月はこの本の訳をまとめてした月でもある。4月になって仕事に追われると時間もなくなるので、この時期にやるしかないのだ。

 このシュミットなどを学んだ成果を生かすために、ひょんなことから宗像のなじみのカフェで、「政治思想カフェ」を月二回することになった。数人程度の参加者になるとのことで、みなでわいわいと「生きた言葉」を交わしながら、社会の変革を考えていく場となる。4月から始める予定だが、楽しみである。

 

2013年2月26日

白梅の花

 しばらく日記も更新しなかった。特別に忙しかったわけではない。むしろ1月2月は予備校も大学も授業がなくなり、拘束される時間は少なくなって暇な時間は増えるのだが、それでも一日に必ず何かの行事や仕事が入っている。そうなると中途半端な時間が増えるだけで、何かをそれに充てるということがむずかしくなる。そういうわけでダラダラと無為な時間を過ごしたわけである。

 1月と2月は、チューラ・フランクが3月に来るというので、その準備のために彼女が訪問予定の高齢者施設に訪問した。しかし、チューラは高血圧のためにドクターストップがかかり、来日は9月まで延期になってしまった。それでも、来ること自体は変わらないので、施設にいって、彼女の受け入れをお願いした。そのことが一番記憶に残ることになった。

 1月18日と21日は、福岡市油山の小規模多機能施設めおといわ・ゆい」を訪問した。18日に施設長の党一浩さんに会い、いろいろと話を伺った。

小規模多機能施設「めおといわ・ゆい」

 この施設が中心となって、この堤地区全体の取り組みとして、認知症老人や孤独な老人を支える仕組みをつくっているという。すばらしい試みである。関心を示すと21日に「認知症サポーター講座」があり、午後は老人や地域の人々が集まる会合があり、1月なので飲食も兼ねて新年会をするから、来ないかと誘われる。もちろん取り組みの様子を見聞する絶好の機会なので、行かないわけにはいかない。そのため、続けて訪問することになった。

 21日午前の「認知症サポーター講座」は社会福祉協議会主催で、地域で高齢者の支援に関心のある人たちが集まった。民生委員や地域の組織の役員も多かった。これは12月からの4回の講座の最終回で、前3回の講義をもとに、ワールドカフェ形式で、今後の地域の取り組みをみんなで考えるという内容だった。

認知症サポーター講座

 ファシリテーターはこういうワークショップを請け負う民間の会社の人(個人事務所か)で、行政相手にこういうことを仕事にしているのかと改めて知った。市民運動、ホイスコーレ運動では、こういうカフェ形式はアメリカからの受け売りではなく、昔から独自にやっている。自立的な活動であるワークショップを業者が報酬をもらって請け負うという仕組みにすごい違和感をもった。やはり行政はこういう点で税金のムダ使いをしている。

 だが、参加している住民のみなさんは熱心に(それでも役員意識が抜けず「上から視線」の人も多かったが)話し合い、真剣に高齢者の地域での支えあいを考えている姿勢は賞賛に値した。最後は、高齢者が気軽集まれるカフェみたいなものが常設されるといいのではないかという結論に至った。今後の取り組みが楽しみだ。

 午後は毎月行っている地域住民と高齢者の集いに参加した。1月ということで、今回は新年会になり、昼食に弁当を食べた。その後は民生委員のお二人が隠し芸の「南京玉すだれ」を披露し、最後は歌の合唱で終わる。私もいっしょに弁当を食べ、終わったあとは、「ゆい」に戻り、そこに集まるお年寄りたちと話した。アットホームな雰囲気でとても豊かで優雅な午後という感じがした。

新年会

 党さんと話したり、講座の話を聞いたり、「めおといわ・ゆい」のお年寄りと話す中で、自分の関心がいかにこうした分野から遠かったかを痛感した。
 いちおう知識としては知っており、デンマークでも高齢者施設を何度か訪問したことがある。何よりも自分の両親が特別養護老人ホームに入り、帰郷の際ごとに自宅に戻して、ケアをした経験もある。ただし自分の経験は90年代で介護保険導入以前なので、現在とはだいぶ実態が異なり、現在の状況と直接には結びつかない。
 直接に施設に行き、いろいろな話を伺うと変化の状況が実感としてわかり、頭でっかちで日本の高齢者福祉の制度的な知識だけで理解していたことを知らされ、自分にとってものっぴきならない問題であることが自覚できた。
 これまでは教育や子どもたち、若者たちが視野にあったが、今回の訪問は自分の今後の活動が高齢者の問題にシフトしなければならないのではないかという気がしてきた。おそらく自分自身子育ても終わり、高齢者の域に近づいているという年齢的なこともあろう。すべてがリアルに実感できたのだ。

 ちょうどその頃、義理の母より電話があり、3月に福岡の方へ来ないかというと乗り気で来ることになった。高齢で体が弱っているので妻はあまり呼びたがらないが、こういう経験をしたあとでは余計に親孝行しなくてはという気にもなる。一過性にならないように心がけたい。

 2月8日には、もう一つの高齢者施設「第二宅老所・よりあい」に行く。
 宅老所は福岡発のユニークな高齢者施設として90年代から有名だ。既存の施設に疑問を抱いた下村恵美子さんが始めた地域で暮らすことを第一にした施設だ。文字通り託児所ならぬ宅老所で、デイサービス中心の小規模施設である。今は行政にも認知され、「小規模多機能施設」という制度として実現した。その中心を担ったのがこの宅老所だったのである。

第二宅老所「よりあい」

 もともと下村さんに会う予定であったが、健康上の理由で組織改編をして代表を降りたので、あとを引き継いだ村瀬孝生さんと会うことになった。村瀬さんは第二宅老所の施設長であり、著書も多く、下村さんに劣らずこの分野では有名な人である。
 2時間ほど時間をとり、話を聞いて施設見学や来ているお年寄りの方ともお話をする予定であったが、結局すべての時間を村瀬さんとの談話に使ってしまった。それほどに話が興味深く、村瀬さんの考え、視点に共感、納得するところがあまりに多く、意気投合して話し込んでしまったのである。
 まだ43歳で、私からすればだいぶ年下になるが、さすがに高齢者のケアと看取りをしてきた人なので、一言ひとことに含蓄がある。たんに福祉分野からの専門家の視点ではなく、社会全体を見すえた幅広い視野があり、ある種の思想家的な印象を与えるほどだった。

村瀬孝生さん


 彼らは既存の制度や社会の矛盾を超えて、「よりあいの森」構想を進め、多様な世代が集い、地域社会を新たに組み直そうという試みを行っている。このプロジェクトには大いに共感でき、関与を約束した。雪の舞うこの冬一番の寒い日であったが、帰る頃には心がホッカホカで気持ちの上では春のようだった。

第二宅老所に集うお年寄りとスタッフ

 「ゆい」のある堤地区の会合で、ワールドカフェの話し合いの成果として簡易カフェをやろうということになったので、友人の中村隆市さん(ウィンドファーム)がすぐに思い浮かんだ。彼にとってもビジネスでも市民運動という面でも関心があるだろうと連絡を取り、3月9日に「よりあいの森」カフェへ行き、村瀬さんたちと話をすることになった。
 縁というのは不思議なもので、その村瀬さんが横浜のシンポジウムに呼ばれ、話をしたときに、中村さんの盟友の辻信一さん(ナマケモノ倶楽部)も来ていて、村瀬さんが辻さんと話したときに、中村さんが「よりあいの森」を訪問する話が出たそうだ。もちろん辻さんとしては、「彼は僕の友人です」と答えることになり、つながりがどんどん強くなっていく。この辺りがおもしろい。

 地元の宗像市でも、1月13日に街道カフェ「暖」に集まり、チューラの受け入れ企画を進める話をする。あいにく延期になったが、雰囲気のよいカフェに5人ほど集まり、楽しい会話に花が咲く。
 2月25日に、これらの訪問の成果を得て、その報告会と今後の展開を考えるために、グルントヴィ協会の第二回福岡談話会をTerra小屋で開いた。7人が集まり、いつもの協会の会合らしく「生きた言葉」とあたたかい雰囲気(ヒュッゲ)の中で楽しい時間が過ぎた。楽しく充実しているほど時間はあっという間にすぎ、明日の予定があるTさんは時計をみてあわてて帰っていった。隣の席には職場の同僚のMさんとOさんがたまたま来ていて、これも楽しい再会となった。この日はこの店のオーナーでもある中村隆市さんも来て、糸島の「つまんでごらん」の話もしてくれた。

第二回協会談話会で話す中村隆市さん

街道カフェ「暖(ぬあん)」

街道カフェ「暖(ぬあん)」のある原町街道(旧唐津街道)

 それ以外にもいろいろなことがあったが、多すぎてここでは書けない。

 コンサート関係では、1月10日にプラハ国立歌劇場の「フィガロの結婚」に妻と行った。一見オーソドックスな演出に見えるが、歌手はふつうのオペラの演出と違い、じっとする間がなく、たえず動いていた。つまりほとんど演劇と同じ演出なのである。これは歌手にとっては歌と演技の両方を高度にこなすことが要求され、かなりむずかしいはずだ。しかし、みなさん見事に演じきり、レベルの高さを感じさせた。
 「フィガロの結婚」は「オペラ・ブッファ」で喜劇なので、演劇としても楽しめる。妻も何度も笑えて楽しかったと語っていた。

プラハ国立歌劇場の「フィガロの結婚」(カーテンコール時)

 オペラでは2月23日にも北九州シティ・オペラの「アイーダ」にも行ってみる。北九州シティ・オペラは、主要な役は地元のプロの声楽家たちが演じるが、合唱団や端役は趣味でやっているアマチュアのみなさんである。いわゆる市民参加の手づくりオペラであるのだが、2010年に見た「椿姫」がたいへんによかったので、今回も期待していった。

 北九州市制定50周年記念行事も兼ねているので、お金をかけている。オケは今回は九響だから、一定のレベルは保障されている。衣装はイタリアの劇場から借りるため、これもまたすばらしい。劇中何回もあるバレエの場面は、地元のバレエ教室の生徒さんやOGたちである。兵士役などのエキストラは地元の高校生で相撲部と野球部員が演じていた。有名な「凱旋行進曲」のトランペットには地元高校のブラスバンド部員も応援参加していた。のべで300名の人間が舞台に出入りするが、多くは地元市民である。「アイーダ」はとにかく物量がものいうオペラである。それを市民参加を兼ねて見事にクリアしていた。これは市民にとっても忘れられない思い出になるだろう。

北九州シティオペラの「アイーダ」(カーテンコール時)

 オペラ自体としてはすばらしかったと絶賛する以外にない。個々の歌手陣はもちろん有名オペラ劇場の有名歌手と比べれば物足りないかもしれない。しかし、気持ちのこもった歌と演技は感動を与えるに十分だった。九響の演奏も私が聴くようなドイツやデンマークの地方オペラ座(王立コペンハーゲン歌劇場管弦楽団、エッセン・フィルハーモニー、プラハ国立歌劇場管弦楽団、バイエルン州立劇場管弦楽団、ウィーン・フォルクス・オパー管弦楽団、ウィーン国立歌劇場管弦楽団など)にひけをとることはなかった(ただしバイエルン州立劇場管弦楽団の演奏は格がかなり上になるが)と。九響はむしろオペラ演奏に向いているのではないかと思えるくらいによかった。

 一番よかったのはバレエで、プリンシパルのペア、そして何よりも子どもたちの元気な踊りがよい。最高に盛り上がる凱旋の合唱「エジプトの栄光」の場面も鳥肌ものだった。市民参加でこれだけのすばらしいオペラが実現できたことを高く評価したい。

 その他では、九響の秋山さんの最終公演(2月8日)、日フィルとラザレフのコンサート(2月14日)も印象に残った。前者はショスタコーヴィッチの9番で、九響自体あまり演奏することのない演目と思われるが、いつもにも増してミスがなく、ロシアの有名オケだろうかというほどのよい演奏だった。チャレンジする曲目の方が集中と緊張度が増して、燃焼するのかもしれない。定演が一番いいのもそういう理由だろう。年末の第九などは毎年何度も弾いているので、慣れが気持ちの手抜きをさせるのではないかと思われる。

ラザレフと日フィル(カーテンコール時)

 ラザレフと日フィルのチャイコフスキー5番は、好きな曲なので楽しみにしていた。ラザレフはテンポを大胆に自分流に変えたところがあり、そこが少し気になったが、メリハリを出すための措置だった。音楽評論家の奥田佳道さんの冒頭の解説で、首都圏ではラザレフと日フィルのコンサートは一番注目を集めているという旨の発言があったが、これだけの指揮者を擁しているのはたしかに有利である。ロシアものをやるなら、ドイツ系の有名指揮者などよりも世界のトップクラスと思う。
 しかし、日フィルのコンサートでは、竹澤恭子さんのブラームスのヴァイオリン協奏曲1番が最もよかった。同曲では竹澤さんがコリン・ディヴィスとバイエルン放送オケとやったCDをよく聴くが、この通りの圧倒的なうまさである。日本人のヴァイオリニストでは一番うまい人の一人ではないかと思う。

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